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大規模農業地
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機械化によるコメの収穫
お米は、縄文時代後期には「栽培」されていました。その後、弥生時代になって「水田稲作」が広まり、現在に至っています。お米が食べられるようになっても、誰でもが食べられたわけでなく、お米は祭祀の際の食べ物として特別なものでした。
『古事記』には、天照大御神が我が子に治めさせるとして「豐葦原之千秋長五百秋之瑞穂國」へと天下りさせます。豊葦原(豊かに葦が生い茂る)の千秋長五百秋(千年も限りなく長く)の瑞穂国(瑞々しく稲が実る国)とあります。
お米(稲)は、祭祀のなかでも重要なものです。11月23日の新嘗祭は宮中恒例祭典のなかで最も重要なお祭りとして、収穫されたお米を皇祖に供えをし、天皇陛下もお召しあがりになります。ちなみに11月23日は「勤労感謝の日」として祝日になっています。また、10月の伊勢神宮の神嘗祭は、「その年に収穫された新穀を最初に天照大御神にささげて、御恵みに感謝するお祭り」として最も重要なお祭りとなっています。
私たちはお米を神聖なものとしてきましたが、お米は、単に食べ物というだけでなく「租」として、ふるくは国の経済の柱としても機能していました。江戸時代には大名の格付けを「〇〇万石」とし、その価値が経済力の証となっていました。
私たちの主食としての「お米=ごはん」ですが、広辞苑で主食とは「飯・パン・麺類など、日常の食事の中心となる食物」と、必ずしもごはんだけが主食ということにはならないようです。毎日の献立でも、朝食は「パン」昼食は「麺類」で夕食に「ごはん」というパターンが多いのではないでしょうか。
和食の献立は「一汁三菜」が基本的な形になっています。主食である「ごはん」、汁物として「お味噌汁」、主菜は、肉・魚や豆腐など。副菜として、野菜などを使った料理などがならびます。いま、世界でも「和食」が注目を集めていますが、その「和食」の中心は何といっても「ごはん」なのではないでしょうか。しかし、私たちの食生活も多様化が進み「ごはん食」の割合も少なくなっています。そうしたことから、「ごはんよりパンのほうが手軽でいいわ」という声もあり、ますます米離れが進んでしまうのではないかと心配されています。
さらに、気候変動により稲作も大きな影響を受けています。豪雨による耕作地の損壊や農業用水の枯渇による水不足や高温化による不作などが重大な問題となっています。気候変動による影響への対応として、品種改良を促進するため、気候変動等対応品種法(重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法律)が制定されています。
また、最近の「コメ小売価格の乱高下」は安定した営農環境を阻害し耕作者の営農意志への影響も懸念されています。規模の大きな耕作では、収益性もあり継続して営農されているようですが、規模の小さな耕作では離農という選択肢もあるようです。
一定規模の収益性の低い耕作者が耕作放棄とならないために、集落の景観や祭礼・祭祀などの伝統を伝承するとした「稲作文化の担い手」には、国が直接、補助金や交付金・奨励金といったような支援が検討されていいのではないでしょうか。なんといっても日本は、千秋長五百秋の瑞穂の国なのですから。
うむっさん


