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江戸時代の蕎麦の屋台
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江戸では、すし・天ぷら・うなぎ・蕎麦が名物料理とされます。せっかちな江戸っ子たちがチャチャと食べられる蕎麦をよく食べていたようです。蕎麦は、はじめ「そばがき」のようにして食べていたものが、寛延年間(第9代将軍:徳川家重)には、「そば切り」として、今のような蕎麦が食べられるようになったようです。 江戸っ子たちは、「蕎麦でも手繰っていこうか」と蕎麦を食べていたようです。 「手繰る」というのは、大工さんたちが柱や石積みの傾き具合を調べるために使った上から縄を垂らすその縄を手繰るという仕草から使われるようになったようです。
江東区深川江戸資料館には、江戸時代(天保年間)の深川佐賀町の街並みが再現されています。長屋や八百屋などのお店のほか、担ぎ屋台の「二八そば」もあります。蕎麦は初めこの担ぎ屋台で食べられていて、その後次第にお店で食べられるようになっていったようです。当時、燃料代(薪代)が高く、外食の方が安上がりで蕎麦の屋台も繁盛していたのでしょう。また、江戸の街は何度も大火による被害を受けたため火の扱いを長屋などでは控えていたということも外食が多かった背景にあったようです。
さて、江戸っ子たちの娯楽の一つに「落語」があります。寄席では食べ物の話も多く蕎麦を扱った演目も多かったようです。「落語」は、話の内容もさることながら噺家の仕草なども大切な要素です。 その中でも蕎麦を啜る誇張された「ズッーズッー」という食音は見どころ聴きどころの一つともなっています。蕎麦食べる「ズッーズッー」とうどんを食べる「ズッーズッー」は演じ分けられています。そんな落語を聞いた後には蕎麦が食べたくて仕方がない、なんてことなります。そして、落語で聞いた「ズッーズッー」と蕎麦を啜って食べる「粋な食べ方」が江戸っ子の流行り。なんてことも多かったのでしょう。
今では、訪日旅行者も「ズッーズッー」と啜って食べる人も多くなったように思います。ちょっと前では、「ヌーハラ(ヌードル・ハラスメント)」など言われたこともありましたが、今ではあまり言われないようで、蕎麦やラーメンを食べるときのスタンダードといってもいいのかもしれません。でも、啜れない人を侮ったりしては食事のマナー違反以前の問題です。
食事のマナーでは、音を立てて食べるのは一般にマナーに反するものです。蕎麦やラーメンなどはその例外となっているようで「ズッーズッー」は許容されるようですが、といっても他の人を不快にさせるような盛大な「ズッーズッー」は慎みたいものです。ちなみに食事のマナーで最も嫌がれるのが「クチャラー」と言われる咀嚼音の大きな場合だそうです。
蕎麦を食べるときの「ズッーズッー」が、落語を聞いた江戸っ子たちが流行らせたとしたらちょっと面白いですね。蕎麦が題材となっている落語に「時そば」があります。蕎麦を手繰る、いなせな男の真似をして与太郎が思わぬ失敗をするという話です。蕎麦屋の主人との会話がリズムよく展開されていくのですが、とりわけ「ズッーズッー」と啜る音が耳に残って『蕎麦でも手繰りに行くか』となります。
うむっさん


